大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和42年(オ)511号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

原審は、本件債権譲渡が強迫によりなされたから無効である旨の上告人の主張に対して、かりに強迫の事実が存在したとしても、それだけでは本件債権譲渡を無効ならしめるものではないから、その主張自体理由がないと判断しているのであつて、右判断は、是認しうるところである。論旨は、原審の認定しない事実を主張しつつ、前記強迫の有無につき審理判断しなかつた原審を違法と非難するものであつて、いわば本件の結論に影響のない事項をいうものにほかならない。なお、民法四六六条二項は、所論のような場合に適用されるべきものではなく、この点にふれる論旨は、同法条に対する誤解に基づくものというべきである。したがつて、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用しえない。

同第二点および第三点について。

論旨は、原審の認定判断を経ない事項を主張し、または判決に影響のない事項を主張して、原判決の違法をいうに帰し、採用しえない。

同第四点ないし第六点について。

論旨は、原判決が憲法二五条一項もしくは同法二七条二項に違反するというが、その実質は、要するに、本件退職金債権の譲渡を有効と認めた点において原判決に労働基準法二四条の解釈適用を誤つた違法があるというに帰する。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件退職金は、労働基準法一一条にいう労働の対償としての賃金に該当するものというべきであるから、その支払については、性質の許すかぎり、同法二四条一項本文の定めるいわゆる直接払の原則が適用されるものと解するのが相当である。しかし、退職金債権の譲渡を禁ずる規定はなく、また、本件退職金債権についてその譲渡を禁ずる旨の特約があつたことは原審の認定しないところであるから、退職予定者たる訴外折山政夫が本件退職金債権を被上告人に譲渡したことを目して無効とすることはできないものというべきである(昭和四〇年(オ)第五二七号同四三年三月一二日最高裁判所第三小法廷判決参照)。したがつて、本件退職金債権中四〇万円につき、上告人の差押に先き立つて被上告人への債権譲渡および第三債務者たる訴外住友化学工業株式会社への譲渡通知がされていたことの確定された本件において、右四〇万円につき、原判示債務名義の執行力の排除を認めた原審の判断は正当である。なお、本件債権譲渡が強迫によりなされた旨の論旨の理由のないことは、前記第一点に対する判断に説示したとおりである。その他の論旨は、原審の認定しない事実を主張しつつ、右に反する独自の見解に立つて、原判決を非難するに帰し、採用しえない。

同第七点について。

民訴法六一八条は、債務者の意思に反して差押をする場合に関する規定であつて、債務者みずから自己の債権を譲渡する場合にまで適用されるものではない。本件債権譲渡が強迫による旨の論旨の理由のないことおよび本件債権譲渡を無効といえないことは、前記説示したところにより明らかである。その他の論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰する。したがつて、論旨はすべて採用しえない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例